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ドアと脚立

P5016853-01.jpg

組み合わせは世界を詩的にする。
ドアと足。
脚立と豪華なドア。
光と彫刻。

写真行為、特にスナップには、目的がない。
例えば、撮影しようと、カメラを持って外出したとしても、テーマは決して決めない。
スナップを撮ろうとするのは、いい写真を撮ろうという目的からではない。結果をみすえているわけでもない。

一ついえることは、目的を外した、ということは、
目に飛び込んでくるものに、感情的な、または先入観を伴った優劣など無くなる、ということだ。
目的を定めていない、というのは師匠にずっと言われていることだった。

目的がない、ということは、プロセスそのものが大切になってくる。
その行為そのものに没頭する時間。それは私にとっての価値、没頭者にとっての価値、といえるのかもしれない。
時間の流れが変わるような集中。その中での発見。邂逅。
そのような時間を体験しようとする意識は、目的意識の中では生まれてこない。
そして、実は、行為者自身の孤独の中で生まれるともいえる。
ニーチェのいうところの、「舞踏」。
そして、音楽。
詩。
茂木健一郎さんいうところの哲学的深淵。フロー。
その結果を第三者がみてどう思うか、ということは、みてもらうまではわからないし、
その深淵や、音楽を感じさせるものが、結果としていい写真なり、なんらかの作品として残っていくだけだ。
まあ、技術的なこと、表面的なことはいくらでもあるが。
いいお話などの柵に閉じ込められた作品を作る人が小さく見えるように思えるのはその為だと思う。
自戒もこめて。 
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